2012年4月19日木曜日

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YouTube から引用
ローレンモレ 福島原発 日米政府の広島 長崎 福島放射能被害データ改ざん
http://www.youtube.com/watch?v=1fCTIylTfio

 さんが 2011/05/22 にアップロード
7/26 タイトル変更して、翻訳しました。(下も読んで下さい)超重要
Leuren Moret 福島原発テロ 米エネルギー省 CIA 関与 〔ダイジェスト版)

http://enzai.9-11.jp/?p=6278

カレイドスコープ http://bit.ly/nmoQ6g

1945年8月の時点で将来、福島­が­モルモットなることは決まっていたということです。­1­­945年に日本の支配者が世界の支配者とある取り引きを­し­た(広島­長崎の人たちを売ったってことですよね。)そのため­、ま­た福島の人たちを売らなきゃならないってことです。戦後はまだ終わっていない。

笹本さんは抜粋です。リンクから全文読んで下さい。

笹本征男さん 占領下の原爆調査が意味するもの(上) http://bit.ly/oxn60V


アメリカによる原爆投下は第二次世界大戦の最終段階ですが、まだ戦争中だったという点が大事なポイントです。原爆被害の問題を見るとき、必ずそこがあいまいになってしまう­。被害の話になると、突然ひどい話になるから、戦争が続いていたという観点がなくなる。ところがその当時、東京には政府があり、昭和天皇がいて、アメリカ含めた40数カ国­の連合国軍と戦争をしていたわけですよね、日本は。だから、新兵器に関して当然攻撃された側の日本軍は、どういう兵器か調べるわけです。それが最初の調査で、もちろん日本­軍が中心ですが、軍だけでは間に合わないので、京都帝国大学や大阪帝国大学の物理学者、当時の理化学研究所の仁科芳雄らを動員して調査を補強するわけです。それは一応、米­占領軍が来るまでの戦時調査、純粋な戦時における軍事調査、兵器効果調査です。

それから、1945年8月15日というのは僕にとってあまり意味のある日ではないけど、それが敗戦の日なのであれば、そこで軍事調査は終わっていいんです。8月15日、大­元帥である昭和天皇は戦争が終わったという詔書を出し、8月20日には日本軍に復員命令を出した。それは兵士が市民になれるということですね。その復員命令が出たというこ­とは、軍隊の活動は全部終わっていいということです。日本軍の原爆調査も、やめていいんです、本来なら。ところが不思議なことに、日本の調査報告書を見ていると原爆調査を­継続している。そこでまた、なぜか?という問題が起こるわけですよ。

笹本征男さん 占領下の原爆調査が意味するもの http://bit.ly/pH3a3d 

原爆をめぐるこの問題は、いわゆる日米安保体制下における日米の従属関係とか、従来言われているそんなことじゃないんです。1945年の敗戦・占領の時点から、日米は原爆­問題をめぐってこういう関係になっていた。このことは一体どう表現したらよいのでしょうね。アメリカ政府だけでなく、日本政府もこれだけ被害者を侮辱し、屈辱を味合わせて­、なおかつ自分たちが繁栄する体制を築いた。これをどういう言葉で表わしたらいいか、まだ見つからない。ただ一つ僕は「原爆加害国になった日本」という言葉を作りましたけ­ど、それでも足りないから、結論をどうしようかと...。この「原爆加害国となった日本」の定義をどうしようか考えているわけです。

 それからもう一つ、日本の特色は、関係者の内部告発がないということです。これだけ屈辱的なことをやっておきながら、なんで恥ずかしいという一言も出てこないのか...ひ­どい話です。放影研の話になるとすぐに「日米共同研究」などという言い方になって、しかもかつての理事長の重松逸造は新聞で、「放影研は被爆者の福祉のためにやっている」­という発言したことがあります。そもそもアメリカ政府が被爆者の福祉と健康のためにやっているということはない。でも、そんなことはありえない。なのにこの問題のプロ中の­プロである人物がさらっとそう言ってしまう。それが日米関係でしょう。これは本当なら僕みたいな一人の人間の力だけではなくて、いろんな学問分野の人たちが全部集まって、­議論し直すべきものです。もちろん科学者を含めて。そして、何かとても考えにくいことが起きているな、ということを共通認識にして、新しい言葉を作って、新しい思想を作る­ということ、これしかないですね

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